大阪中央理容美容専門学校の沿革

理容の歴史と共に歩んできた伝統校。

  • 大正10年

    西靱南通り 3、大阪市医師会館内に大阪理髪専修学校開校。神本松治氏校長に就任。

  • 大正12年

    東区小橋東之町に移転。2階建校舎新築。

  • 昭和4年

    天王寺区東平野町4に、大阪理髪専修学校分校(結髪部)を開校。

  • 昭和24年

    北区山崎町に移転。新校舎を建設。理容師・美容師法による養成施設として厚生大臣の指定を受け、校名を大阪理容専修学校と改称する(大阪整容美術専門学校に改称)。

  • 昭和29年

    同窓会が発足。初代会長に小島千代多氏が就任。

  • 昭和39年

    PTA組織が発足。初代会長に吉田正三氏が就任。

  • 昭和44年

    北区天満橋3に移転、同業組合と本校を併設して鉄筋4階建の理容会館を新築。

  • 昭和46年

    大阪府知事から職業訓練校に認定される。

  • 昭和56年

    校名を大阪高等整容美術学校と改称。

  • 平成7年

    校舎改修。校名を大阪中央理容美容学校と改称。

  • 平成9年

    専修学校の認可を受け大阪中央理容美容専門学校と改称。

  • 平成10年

    理容師法一部改正により、学校二年制度となる。

  • 平成15年

    後援会が発足。初代会長に柴原芳子氏が就任。

左からヘアアイロン、ハサミのネジを外す用具、ハンドクリッパ(バリカン)。明治〜大正時代のもの。

中理美の先生方の私物である古い理容雑誌や理容用具。先代から受け継いだものも多いのだとか。

理容組合が設立した学校ということで、その歴史は大正10年にスタート。中理美の先生が発明したカットの方法もあって、これは今でも全国的に使われていたりする。業界に及ぼした影響はハンパではない。